2013年11月17日日曜日

2着

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井上泰平調教助手

昨年、牝馬3冠を達成、余勢を駆って挑んだジャパンカップでも歴戦の古馬たちをなぎ倒し、年度代表馬となったジェンティルドンナ。今年緒戦はドバイで2着、続く宝塚記念は3着。そして天皇賞(秋)で2着と、勝利に見放されている。名牝であることを証明するには十分な内容とも言えようが、もう善戦はいらない。今回、陣営は鞍上にイギリスの名手R.ムーア騎手を迎えて不退転の覚悟を見せる。昨年、最強の称号を手にした舞台での復活に懸ける想いを、当コーナーではお馴染みとなっている井上泰平調教助手に伺ってきた。

改めて力を示した天皇賞(秋)2着

-:ジェンティルドンナ(牝4、栗東・石坂厩舎)についてお話を伺います。天皇賞(秋)からジャパンカップ連覇に向けて挑むわけですが、天皇賞は台風の影響で、関西馬が全頭金曜輸送という異例とも言える事態でした。その影響はあったのかなとは思ったのですが、結果的にはいかがでしたか?

井上泰平調教助手:その点に関しては問題なかったですね。金曜日に競馬場に入って、土曜日に角馬場で乗りましたが、いつもと変わらず、飼い葉もしっかり食べていましたし、問題なかったと思います。

-:体重は470キロと、宝塚記念時と変わらない体重でした。

井:調べたわけじゃないんですけど、普段、量っているトレセンの体重計と、競馬場の体重計とは、誤差が少しあるんじゃないかなと思っています。競馬が終わって、帰ってきて、次の週の木曜日に量ったら484キロあったんですよ。470キロで走って、輸送して、帰ってきて、次の週の木曜日に14キロ増えているというのは……。戻りがすごく早いのかとも思ったんですけどね。僕は体調さえしっかりしているならば、別に何キロでもいいわけではありますが。

-:見た目で違和感が無ければという感じで。

井:そうですね。急激な増減がないかは、普段からチェックしていますからね。


「普段、乗っている時はすごく人の言うことをよく聞くし、引っかかるような気性ではないと思っているんですけどね」


-:天皇賞のレースですが、好スタートから、若干折り合いを欠いてしまって、力んでいるような面が見られました。あそこはコーナー4回の2400mに替わるにあたって、問題になる部分かと思います。

井:レースでは乗ったことがないので、競馬に行った時のジェンティルの精神状態というのは分からないんですけど、普段、乗っている時はすごく人の言うことをよく聞くし、引っかかるような気性ではないと思っているんですけどね。

-:その歯車は、どこで狂ってしまったんですかね。

井:普段の調教でもそういう面を見せると思うんですけど、すごく軽いキャンターでも、坂路でも馬場でも併せ馬できましたし、なぜレースでそういう風になってしまったのか、正直、僕には分からないですね。

-:その部分が、負けた一つの要因だったと思いますが、折り合いを欠いた中でも2着まで来ています。

井:ジェンティルドンナの周りに居た馬は、みんな後ろのほうまで下がっちゃっていますからね。それで残ったというのは、改めて力があるんだなと思います。


R.ムーアが追い切りで持ったイメージ

-:改めて僕らはこの馬の強さを感じられたんですが、ジェンティルドンナはやっぱり勝たなくてはいけないし、復活を臨んでいるファンっていうのも凄く多いと思います。今回R.ムーア騎手に乗り替わって、昨日の坂路での1週前追い切りも騎乗していましたが、実際に見てどんな感じでしたか?

井:追い切りでずっと後ろの方を走っていたので、見たのがゴール前の一瞬だけだったんですけど、ジョッキーのイメージとしては、もう少し行きたがると思っていたみたいです。新聞にも乗っていたように「乗り手の言うことをよく聞く、すごく乗りやすい馬だ」とおっしゃっていたので、きっといい感触をもたれたんじゃないかなと思います。

-:追い切りが終わった後、天皇賞のレースは勿論見ていて「引っかかるかどうか構えて乗るんじゃなくて、いつも通りに自然体に乗りたい」というようなコメントをされていました。「あとは彼女のコンディションが戻っているかどうかだね」とも言われたので、別に天皇賞の時は、コンディション悪かったわけじゃないんだけどな。と思いましたけどね。

井:そうですね。今回が今年に入って初めての叩き2走目のレースなので、その辺にも期待しています。


「彼女の心臓は凄いので、逆に皆がしんどい時の方が、上手く乗れれば末脚が生きるでしょうし、それだけの体力も瞬発力もあると思うので」


-:中間、叩き2戦目であっても、レースを使ってからの順調さを欠いたり、疲れが出てちょっと調教を休むだとかも多々あると思うんですけど、ジェンティルの場合はここまでスムーズに来ています。そういうタフさがあるというのは、牡馬に混ざって戦うのにふさわしい馬という感じがしますよね。

井:本当にフィジカルが強いというか、歩様の乱れも見せないですし、テンションが上って手を焼くというのもないですしね。

-:ジェンティルドンナが強い馬だというのは認識しているので、重箱の隅をつつくような質問しかなくて申し訳ないのですが、僕としては2000mよりも2400mに延びたほうが牡馬と戦うには不利というか、やりにくさがあるのかな、という心配がするのですが、井上さん的にはどうですか?

井:僕が思うには、彼女の心臓は凄いので、逆に皆がしんどい時の方が、上手く乗れれば末脚が生きるでしょうし、それだけの体力も瞬発力もあると思うので。

-:スローの瞬発力勝負と、平均ペースで流れた2400m。その2パターンで行くと、どちらがジェンティルに向いていると思いますか?

井:スローよりも、平均的に流れた方がいいと思いますね。


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-:去年のJCは、ビートブラックが引っ張って、2400mにしては平均的に流れたペースで差し切りました。やっぱりそれが合っていますか?

井:どのペースでも対応はすると思います。位置取りによって、絶えず後ろからプレッシャーを掛けられる展開は、どんな馬でも苦しいと思うんですけど、そういうのでなければ、それほど“こういう展開であって欲しい”という注文はないんですよね。道中のスムーズさというか、引っかからないで気持ち良く走れるポジションにさえいれば、大丈夫かなと思います。

-:この間のように引っ掛かってしまうほうが稀だったので、僕らはビックリしてしまいました。レースで走っている時はもう少し落ち着いているイメージでした。

井:そうですね。宝塚の時も後ろから突かれるような形にはなったので。

-:そういうトラウマが残っているんですか?

井:トラウマが残るタイプではないと思うんですけど、結構苦しい競馬はしているなというのは。他の馬たちのように、上手く流れに乗れて、じっくり溜めが聞けば、十分対応すると思います。

-:そういう意味では、天皇賞(秋)を使って、うまくガス抜きが終わって叩き2戦目に繋げられると?

井:そうですね。

-:昨日の1週前追い切り、動きは非常に良かったと思いますが、騎乗するムーア騎手は以前との比較が分からないと思います。栗東の坂路も未経験でしょうから、いい意味で先入観なく乗ってもらえるような気がします。

井:競馬はやってみないと分からないけど、いいイメージは持ってもらえたと思います。


-:昨日の追い切りは、ジェンティルの時計よりも、馬場に向かうまでのコミュニケーションや、フットワーク等が分かってもらえた、ということですね。

井:ビデオだけ見ると引っかかるイメージしかないと思うんですが、実際はそうではないということも分かってもらえたし、非常によかったと思います。

-:あとは結果を。

井:順調に来ていると思いますし、僕たちができることは無事に、順調に送り出してやることなのでね。あとはジョッキーが、ゲートが開いたら色々な判断をされるだろうし、先生の指示もありますから。

-:ムーア騎手は世界のトップジョッキーですからね。

井:きっと上手に乗ってくれると思います。

-:レースぶりを見ていたら、熱い乗り方で「シブいところを突いてくるなあ」というパワフルなタイプですが、パートナーとしては申し分ないと?

井:うちの馬も、その激しさに付いていけるような気性をしていると思いますので、楽しみですね。

ジェンティルドンナの井上泰平調教助手インタビュー(後半)
「今回もコンディションは文句なし」はコチラ→

昨年よりもタフになった精神面

-:馬体重に関しては、あまり気にしてはいなかったのですが、ジェンティルドンナはデビュー時に474キロあって、そこからレースを使って460キロくらいまで締まっていって、ローズSで12キロ増えて。それは成長分だと思うのですが、そこからあまり変わっていないのですね。最終的に480キロくらいになるのかな?と思っていました。

井:もうこれ以上大きくならないとは思うんです。かと言ってそんなに細いわけでもないですし、しっかり筋肉も付いていると思います。

-:斜め後ろから見ると「スゲェな」ってなりますからね。

井:今思うと、ローズSの時は若干太かったかもしれないです。

-:それが、今は太め感なく筋肉に変わってきたと?

井:以前はトモがそんなに大きい馬ではなかったんですけど、今はしっかりしていますしね。バランスよく見えますよね。


「時計感覚さえちゃんとしていれば、何秒でも乗れる馬ですよ。体感的には“凄く頑張っているな”という走り方でも、それほど時計が出ていないと思うことはあります」


-:姉のドナウブルーとは全然違うタイプですね。

井:走り方もちょっと違いますしね。向こうはもっとバネの効いた感じの走りです。

-:ジェンティルはタタタタタッと走る感じで。

井:普段乗っていて、あんまりスピード感は感じないんです。凄くゆっくり乗っているつもりでも、(1F)16秒くらい出ていたりして。大きなアクションは見せないんですけど、速く走れている感じです。

-:それは、スポーツ選手として凄いことじゃないですか?ポーンと投げているように見えてすごい球が飛んでくる、という感じで。

井:そんな感じなのかな。

-:他の馬に乗るときに困りませんか?ジェンティルドンナと同じ感覚で乗っていたら、もっと時計が出てしまうわけですから。

井:この子は言うことを凄く聞いてくれるので、時計感覚さえちゃんとしていれば、何秒でも乗れる馬ですよ。体感的には「凄く頑張っているな」という走り方でも、それほど時計が出ていないと思うことはあります。ジェンティルドンナには毎日乗っていますからね。

-:凄く贅沢ですね。毎日高級車に乗っている感覚じゃないですか。

井:そうですねえ(笑)。


-:今回のジャパンカップは、メンバー的には例年より小粒と言われる中で、おそらく1番人気に支持されると思います。

井:いやいや、ゴールドシップのように強い馬もいますし。

-:課題があるとすればどの辺りでしょうか。注意すべきポイントはありますか?

井:パドックに関しては変わらないですからね。東京競馬場はカメラマンが一箇所に固まっている場所があるのですが、あそこに行くと凄く写真を撮られるので、そこは嫌うポイントではあります。後はイレ込むとしたら、パドックの掲示板が、オッズ表示から馬の映像に切り替わるときに、それを見てたまにビックリすることがありますね。ただ、前回はそれほど気にしてなかったですけど。

-:パドックにいるお客さんは、うるさい仕草を見せていても気にしなくていいですか?

井:それはいつものことなんで、大丈夫です。

-:返し馬については、レースで勝利している時の返し馬のパターンはありますか?

井:そういうのはないですねえ。

-:昨年の秋華賞では、返し馬でジョッキーを振り落としたこともありました。

井:ありましたね。あの時のように何かに怖がったりということは、今はないですよ。

-:当時よりもタフになったということですね。

井:ゲート裏を見てもらえばわかると思うんですが、ゲートに入るまでは凄くテンションが高くて、イレ込んでいるように見えるんですけど、走り出してしまえば集中してくれるので、あまり心配なところはないですね。


今回もコンディションは文句なし

-:昨年の覇者ですが、今年まだ未勝利ということで「ジェンティルドンナの化けの皮が剥がれた」という辛辣な意見をいう人もいます。

井:勝ってないので偉そうなことは言えませんが、負けているとは言っても、3着までには来ているのでね。歯車がうまく噛み合っていなかっただけで。

-:今回はその歯車をキッチリかけると言いますか、万全を期するためにムーア騎手が手綱を執ると。

井:僕が決めているわけではないですけど、そういう風に思って変わったのかもしれないですね。

-:馬券ファンにとっては、騎手どうこうではなく純粋にジェンティルドンナに注目して見ればいいと言うことで。来週の最終追い切りは井上さんが乗られるんですか?

井:まだ指示も出ていないですし、どれだけの時計で走るかは分からないですけど。

-:あと10日ですが、何とか復活を。そして、今年初勝利をプレゼントしてあげてくださいね。

井:僕ができることは大したことではありませんけど、なんとかね。コンディションは凄くいいと思いますよ。

-:ムーア騎手に「日本にもこんなに凄い牝馬がいるんだぞ」ということを轟かせてもらいたいです。

井:そうですね。若馬の時は外国人騎手がテン乗りでコロコロ替わっても、ポンポンと勝っていたので、それほど乗り難しい馬じゃないと思うんですけどね。

-:これだけの安定した成績を残してる馬ですからね。それでは、10日後のジャパンカップを楽しみにしています。

井:頑張ります。応援よろしくお願いします。


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【井上 泰平】Taihei Inoue

大阪府豊中市出身。9歳から乗馬を始め、高校生時代に国体を優勝。必然の流れにより大学では馬術部に入る。卒業後は美浦分場に2年間勤務。アイルランドの研修などを挟んだ後に競馬学校へと進学し、中村均厩舎からトレセン生活をスタート。その後は開業直後の角居勝彦厩舎で調教主任を務め、大久保龍志厩舎では持ち乗りから攻め専に転身。後の名門厩舎の基盤を築く。
32年に渡る馬乗り人生の中で、現在モットーにしていることは「馬との信頼関係を築くこと。分かりあえたかなと思っても、また違うのかなとそれの繰り返し」と。石坂正厩舎の屋台骨を支えるベテラン調教助手。

【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。 

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