http://number.bunshun.jp/articles/-/764109
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今年のジャパンカップで3番人気に推されたエイシンフラッシュの馬券を買った人は1コーナーを回るとき、思わず目を背けたくなったのではないか。なにしろ先頭でコーナーを回ったのがほかならぬエイシンフラッシュだったのだから。
エイシンフラッシュは3年前のダービーと去年の天皇賞・秋のふたつのGIを勝っている。いずれも東京コースのGIだ。だが、そのいずれも逃げての勝利ではなかった。それどころかデビューからジャパンカップの前の天皇賞・秋までの26戦、先頭で1コーナーを回ったことは一度もない。
この馬の武器は瞬発力である。ダービーでは最後の3ハロン32秒7という極限の上がりの脚を繰り出してローズキングダムを抑えた。去年の天皇賞でもハイペースにもかかわらず、33秒1の最速上がりタイムを叩きだして勝った。
そうした脚を繰り出すには、道中で脚をためる、少し余裕を持って走ることが求められる。後方から一気にまとめて先行した馬を抜き去るほどの豪脚、ディープインパクトみたいな脚はないが、うまくインコースに潜り込んで直線を向き、混戦を瞬発力で抜け出すというのが勝ちパターンなのだ。
その馬がいきなり飛び出し、1コーナーを先頭で回ってレースを引っ張りはじめた。場内がざわついたのは当然だろう。
逃げ馬不在、大好物のダンゴレースのはずが……。
今年のジャパンカップは確たる逃げ馬が出走しておらず、レース展開を読むのがむずかしかった。先行した経験のあるヴィルシーナが1番枠に入ったので、包まれるのを嫌って先頭に立つのではという声が多かったが、そのヴィルシーナにしても逃げ馬とはいえず、仮に逃げてもスローペースは確実に思われた。
何かほかの馬を先にやり、自分は2、3番手で息を潜めて直線を向く。馬群は一団で直線へ。そのダンゴレースこそがエイシンフラッシュの大好物だ。混戦では大きな刀よりも鋭い切れ味のカミソリのほうが効果を発揮する。カミソリで周囲を切り裂いてゴールへというプランは、おそらく藤原英昭調教師や騎手のミルコ・デムーロもはっきり持っていたはずだ。
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「逃げてよくないのはわかっていたんだが……」
ところが、スタートがあまりによかったことと、ほかに積極的に逃げる馬がいなかったことで、エイシンフラッシュは逃げる羽目に陥ってしまった。1000m通過が62秒台とスローペースで、楽な逃げにも見えたが、ほかの馬の目標になるレースをしたことのない馬である。見えない消耗があったかもしれない。逃げた経験がないので、どれくらい後続を離すのかのセオリーもない。
直線の長い東京コースの2400mを逃げ切るのは楽ではない。直線を3馬身ぐらいは差をつけ、むしろ差を広げるくらいの勢いでないと、ゴールまで持たせることはむずかしい。しかし、エイシンフラッシュの逃げはそこまで覚悟を伴った思い切りのよい逃げではなく、早くも4コーナーでは後続との差がなくなっていた。残り200mで馬群に飲み込まれたのは当然で、むしろそこまでよく粘ったといえるかもしれない。
「逃げてよくないのはわかっていたんだが、スタートがよくて。調子がよかっただけに残念だ」
レースのあと、乗っていたデムーロは落胆した様子で話していた。藤原調教師は終始苦い笑いを口許に浮かべていた。
「2、3番手で競馬するとは想定していたが、まさか逃げるとは。それだけは考えなかったし、考えたくもなかったんだけどね。まあ、競馬は生き物ということ。馬もジョッキーももう一度チャレンジだね」
言外に「チャンスはあと1回だぞ」と騎手にいっているようだった。
勝ったジェンティルも凱旋門賞は「かなりきびしい」。
今年の秋のデムーロは日本での騎手免許試験の準備に追われていた。騎乗や調教の回数も減らして試験勉強に打ち込んだが、結果は不合格。そのせいか、レースでの騎乗ぶりにもあまりさえが見られなかった。彼の手腕なら、好スタートを切っても強引に押さえ込んで、本来の瞬発力を生かす競馬をさせることもできたように思えるが、今年は彼の年ではなかったということか。
勝ったのは1番人気のジェンティルドンナ。前走の天皇賞・秋では前半からかかり気味に動き、早めに先頭に立ったところをジャスタウェイにあっさりかわされてしまったが、この日はライアン・ムーアがなんとか4、5番手の内でがまんさせ、直線で早めに先頭に立って押し切った。特に好騎乗というわけでもないが普通に乗って普通に勝った。
レースのあと、凱旋門賞はどうかと聞かれると、「かなりきびしい」と社交辞令無しで答えていた。たしかに決着は6レースの500万条件に劣るタイムで、レベルは高いとはいえない。3番人気のエイシンフラッシュは10着、2番人気のゴールドシップは15着とジェンティルドンナ以外の人気馬は期待を裏切り、日本の騎手で健闘したのはデニムアンドルビーで鼻差の2着に入った浜中俊だけ。ちょっとさびしい国内最高賞金レースだった。
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