2013年10月21日月曜日

返る

http://column.keibalab.jp/interview/stabler/967/
井上泰平調教助手

意外にも今年は未勝利というジェンティルドンナだが、それはどのような舞台でも勝利が期待される年度代表馬という宿命。並みの牝馬であれば海外G1で2着、宝塚記念で3着なら賞賛すら受けているはずだ。この秋緒戦は同馬のライバルと呼ぶべき馬が全て不在。ともなれば、再度勝利が義務付けられようが、陣営は真っ向からプレッシャーを受け止める構えだ。女傑出走時は恒例となっている井上泰平調教助手のジャッジを、この秋もご愛読いただきたい。

“まさか”の敗戦を振り返る

-:天皇賞(秋)への出走を予定しているジェンティルドンナ(牝4、栗東・石坂厩舎)についてお話を伺います。今回は宝塚記念以来のレースとなります。この馬のファンとして、宝塚記念ではかなり期待していたのですが、結果は3着。当日の馬場状態なども含めて、レースを振り返っていただけますか?

井上泰平調教助手:当日は良馬場の発表だったんですけど、実際は結構重い馬場だったと思います。どこから「良」の発表の基準になるのかというのは分からないですけれど、そういう部分も少しは影響したのかなと思います。

-:ファンの方々が思っていた以上に、馬場状態が影響して力を出せなかったんじゃないか、という気はします。

井:ゴールドシップに後ろからずっと突かれて、プレッシャーのきつい競馬だったので、気負い過ぎたのか、直線でいつものようには弾けませんでした。馬場の一番通ったら伸びないところに押し込まれたというのもあると思います。

-:ゴールドシップにとって外枠は良かったし、ジェンティルドンナは内で伸び切れないところを通ってしまった、というところが敗因になるのでしょうか?

井:あの日の阪神は内が悪かったですからね。直線を向いた時に、外から被せられる形になって、通りたくないところを通らされたなと思います。

-:ジェンティルドンナは、“馬場が良くても悪くても力を出してくれる”というイメージがあったのですが、やっぱり一線級の牡馬たちが相手となると、軽い馬場でやるに越したことはないという部分はありますか?

井:そうかもしれないですね。ただ、道中で楽に走れる展開であれば、最後ももう少し頑張れたと思います。ずっとプレッシャーがかかりっぱなしで、リラックスするところがなかったというのも大きかったと思いますね。


リベンジの秋への臨戦過程

-:オークスやジャパンカップを見ると、この馬は左回りのパフォーマンスの高さが目立ちますよね。

井:個人的な意見で言えば、東京のような広いコースであれば、別に右回りでも大丈夫だとは思います。左回りが好きだとは、普段調教に乗っていても、どちらでも同じように走るので、そこまで感じませんね。ただ、コース形状的にああいう広いところが好きなのかなという気はします。

-:フットワークを考えると、それほど大トビじゃないジェンティルドンナは、中山や阪神のような、小回りを効かせるような馬場の方が持ち味が生きるのかなと思ったのですが、結果を見ると広々と走る方がいいんでしょうかね。

井:う~ん、結果はそうなっていますけど、どうなんでしょう(笑)。

-:例えば坂路なんかは、ジェンティルドンナに向いていると思うんです。だから今日の1週前追いきりでも、馬場状態が悪い中で抜けていい時計が出ていましたよね。そこにフットワークという部分も関係していると思います。

井:心臓が良いというのもあると思います。先週までの追い切りではまだトップギアに入れていなかったですが、坂路で良い時計を出すこと自体は、あの馬にとってはそれほどしんどくないのかなと思います。流石に今日(10/17)は破格の時計で走っていることもあって、3ハロン目で若干遅くなっていたし、結構しんどかったとは思うんですけど。

-:逆に言うと、いい負荷がかかったのではないですか?

井:そう思います。

-:では休み明けでも、毎日王冠を叩いてきたメンバー、あるいは札幌記念を使ってきた古馬一線級のメンバーとも互角にやれるくらいのコンディションにはあるということですか?

井:あると思います。今までは、5週間というサイクルでぶっつけ本番だったのを、今回は先生が2ヶ月前に厩舎に入れたりもしたので。


10/17(木) 坂路で51.3-37.8-24.9-12.6秒(馬なり)をマーク

-:今までより3週間ほど早く帰ってきているのは、何か意図されているのでしょうか?

井:なにか先生の考えがあるのだと思います。

-:帰ってきた時期は暑かったと思いますが、ダメージなどはありませんでしたか?

井:朝一番にしか乗らずに、涼しい内に追い切りや運動は終わっているので、夏バテやダメージなどはなかったですね。

3歳時に比べてボリュームアップ

-:毎日王冠の1週前くらいに歩いているところを見させてもらったのですが、はちきれそうな馬体でした。まだちょっと太い状態で来ている感じですか?

井:この馬は体がなかなか減らないんですよ。厩舎にいても、逆に増えたりします。古馬になって食欲も旺盛ですし、逞しくなった感じがあります。

-:姉のドナウブルーよりも、筋肉量は多いですよね。骨格が違って、筋肉のつき方も、ボリュームによりメリハリがあります。

井:そうですね。身体もドナウブルーより大きいです。今は牡馬みたいになっていますもんね。最近は迫力というか、凄みが出てきたなという感じがします。

-:これが人間だったら、すごくガタイのいい女というか。

井:(陸上選手の)ジョイナーみたいな(笑)。

-:乗っていて、3歳時やこれまでと比べて、変わっているところはありますか?

井:今春と比べてはあまりわからないですが、2~3歳の時の映像を見ると、やっぱり頭が大きいなって感じますね。当時は首も細かったですし、今は均整のとれた身体をしています。やはり古馬になってからと3歳時では、全然違う感じがしますね。

-:それでは、得意の東京コースで、馬場が良ければ行けそうですね。

井:多少馬場が悪くても、道中上手く立ち回ることができれば、そんなに影響はないと思うんですけどね。みんなタイム落ちるわけですし、そこまで苦手だとも思わないです。

-:牡馬に人気を背負ってもらって、走りやすいオープンスペースで走れればという感じですね。ジェンティルドンナにとって宝塚記念の負けは、“こういうパターンになったら負けてしまう”という典型的なパターンだったと思います。

井:まあ、それが起こってしまった、という感じですね。

-:それが分かったというのも、次にそうならないように繋げられるということで、今後のレースに向けてプラス材料にしていけそうですね。ただ、僕らファンも宝塚記念が終わった時には、がっくり疲れました(笑)。

井:僕もがっくりしました(笑)。あの突かれる展開で、直線悪いところを通らされたら、伸びないのも仕方ないのかな、という気もしますけどね。

-:そういう風になってしまう可能性もわかってはいたのですが、人間というのは弱い生き物で“ジェンティルドンナならなんとかしてくれる”みたいな期待を持ってしまいました。それでは得意の東京コースで、改めて牡馬相手にもう一発を期待したいですね。

井:頑張ってほしいと思っていますね。



快進撃への序章は府中の2000m


-:馬体が良くなったとのことですが、今現在の馬体重を教えていただけますか?

井:今日で494キロですね。

-:宝塚記念のレース時から、ちょうどプラス20キロということですね。

井:東京に輸送するので、そこで10キロくらい減るんじゃないかなとは思っています。レースはプラス10キロくらいで出るんじゃないかなと思います。

-:この現時点でのプラス20というのは、ボリュームアップしたと解釈していいでしょうか?

井:そうですね。今でも太め感はそんなに気にならないんですよ。一つ一つのパーツが、すごく大きくなって来ているので、筋肉量が増えて、体重が増えるっていうのは、しょうがないことなのかなって思っています。

-:それで今日は負荷のかかる追い切りを消化したということですね。馬場のいい時だったら、実質40秒台に突入するような時計でしたよね。

井:坂路ですごい時計は出るんですけど、普段は全然引っかかったりもしないし、苦労して抑えることもないです。追い切りの時になると自分でスイッチを入れるのか、よく走りますね。それでも、行けって言うまでは行かないし、言うことは良く聞くんですよ。

-:仮にジェンティルドンナと同じフットワークの馬がいたとしたら、2000m以上の距離になると、どこかがしんどくなるはずですよね。それを回しきれる心臓というか、エンジンの強さというのは、坂路調教からも感じますね。

井:はい。それはすごく感じますね。

-:だから馬場が悪くなってもバランスを崩しにくい、という部分もあるんじゃないでしょうか。

井:しんどい姿というのは、普段の調教ではあまり見たことがないです。

-:その持っているエンジンの大きさを、府中の長い直線で思う存分に活かして欲しいです。気になるのは枠順ですよね。内過ぎるのも良くないかも知れませんが、府中の2000mほど外枠が不利な舞台もないと思います。

井:どういう展開になるのかは、ジョッキーにお任せするしかありません。先生からどういう指示が出るのかもまだわからないですし、どこの枠でも枠なりの指示が出ると思います。

-:分かりました。では最後にジェンティルドンナを応援しているファンの皆さんにメッセージをお願いします。

井:今年はまだ未勝利ですが、勝てるように頑張りたいと思います。応援よろしくお願いします。

-:ありがとうございます。



【井上 泰平】Taihei Inoue

大阪府豊中市出身。9歳から乗馬を始め、高校生時代に国体を優勝。必然の流れにより大学では馬術部に入る。卒業後は美浦分場に2年間勤務。アイルランドの研修などを挟んだ後に競馬学校へと進学し、中村均厩舎からトレセン生活をスタート。その後は開業直後の角居勝彦厩舎で調教主任を務め、大久保龍志厩舎では持ち乗りから攻め専に転身。後の名門厩舎の基盤を築く。
32年に渡る馬乗り人生の中で、現在モットーにしていることは「馬との信頼関係を築くこと。分かりあえたかなと思っても、また違うのかなとそれの繰り返し」と。石坂正厩舎の屋台骨を支えるベテラン調教助手。

【高橋 章夫】 Akio Takahashi

1968年、兵庫県西宮市生まれ。独学でモノクロ写真を撮りはじめ、写真事務所勤務を経て、97年にフリーカメラマンに。
栗東トレセンに通い始めて17年。『競馬ラボ』『競馬最強の法則』ほか、競馬以外にも雑誌、単行本で人物や料理撮影などを行なう。これまでに取材した騎手・調教師などのトレセン関係者は数百人に及び、栗東トレセンではその名を知らぬ者がいないほどの存在。取材者としては、異色の競馬観と知識を持ち、懇意にしている秋山真一郎騎手、川島信二騎手らとは、毎週のように競馬談義に花を咲かせている。
毎週、ファインダー越しに競走馬と騎手の機微を鋭く観察。馬の感情や個性を大事に競馬に向き合うことがポリシー。競走馬の顔を撮るのも趣味の一つ。 

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